少し話してきました。いろいろ書きたいことはあるけど、ざっと内容のみ。複雑なところは省略してあります。
N:こんにちは、Nと言います。実のところ、シンプリは嫌いで、かなり高いと思い込んでました。が、昔のパテックと巻き味を比べると、どうもシンプリのほうがいいんじゃないか。絹の生地をピーっと引き裂くような感じなんです。それでシンプリが好きになった(笑)
PD:絹の生地を引き裂くような感じ?
N:そう、ピーって。パテックよりいいかなと思っちゃいました。
(彼には理解できないらしい)
N:で、今日は設計の話なんです。どの時計雑誌も仕上げのことばかり書いますが、実は設計が一番重要じゃないかと思って、聞きに来たわけです。シンプリって頑強に見えますよね。懐中時計みたいじゃないですか。これって懐中を参考にしたんですか?
PD:そうそう、まさしくそうだよ。昔の懐中時計、1920年代30年代のものを参考にしたんだ。当時のものに何も足してないよ。シンプリのブリッジってフェミニンだろう?(笑)これはグランソネリもデュありティーもシンプリシティーもそう、これが私のスタイルかな。今の時計って、CNC旋盤で作るからブリッジの面取りをやるには、曲線をあまり入れられないんだ。私のは雲形だけど、(雲形のブリッジの図面を書きながら)機械だとここのブラックポリッシュが出ない。だから手作業でやっている。
N:それって、ゴレイさんとリペアショップを立ち上げた時代の経験によるの?あの時代にランゲとかいろいろ直したじゃないですか。
PD:1978年以降のことか。まあそうかな。
N:40年代とか50年代のルクルトやAP、例えばCal.449やAPのVZSSに似てると僕は思ってるんですけど。
PD:ジュウ渓谷の時計だもんそりゃそうさ(笑)
N:特に参考にした機械ってあります?
PD:んー1930年代のルクルトかな。あとその年代のジュウ渓谷の懐中だね。あと時計学校の作品かな。
N:シンプリって地板に無駄な穴が少ないじゃないですか。今の時計って無駄に多いですよね。これって耐久性を考えた結果ですか?
PD:いやそもそも地板に丈夫なジャーマンシルバー使ってるし、穴の数は耐久性にあまり関係ないよ。穴が多いとぜんぜん美しくないよね(笑)これが大きな理由だね。
N: 46個のうち3つだけって聞きましたけど。
PD:そう。(絵を描きながら)シンプリはジャーマンシルバーのブランクの中心をこうやってくり抜くんだけど、地板を保持するために穴を3つあけてる。これが無駄なだけだね。
N:ジャーマンシルバーって、なんで使おうと思ったんです?
PD: 別に真鍮でも問題ないんだよ。ただし真鍮は使って修理を繰り返していると黒ずんだり指紋が残ったりして経年変化を起こす。見た目が汚くなる。革みたいなもんだよ(笑)ジャーマンシルバーはそういうことがないからね。
N:耐久性もあるけど美しさを考えて?
PD:そう。
N:ランゲに影響を受けたみたいなことをインタビューで読んだけど?
PD:いや、私のほうがぜんぜん先だよ(笑)1982年のグランソネリから全部そう。昔からジャーマンシルバー使ってるよ。
N:あとシンプリはKeylessの開口部が小さくて、いかにも頑強そうですね?
PD:ああ、Hand Setting、Keylessの開口部か。今の時計って無駄に大きいよね。これってラインでバンバン作るからであって、本来ここまで大きくする必要はないんだ。
N:シンプリってフリースプラングじゃないですか。TZかPuristSのインタビューで、確か長い間、50年とか使ってると精度落ちるっておっしゃってましたよね。僕も同感です。
PD:そうそう。(図を描きながら)これがスタッドで、これがヒゲ棒ね。ヒゲ棒がこう左右に移動してひげの長さを変えて、精度を調整するじゃない。ただミクロダストとオイルの影響でバイブレーションがおかしくなる。結果として縦置きと平置きで精度が変わっちゃう。それが大きな理由だね。だからグランソネリもデュアリティーもシンプリシティーもぜんぶフリースプラングだよ。
N:振れ角を落とさないためだと思ったんですけど、それは関係ない?
PD:それはあまり関係ないな。
N:で、ヒゲ棒の代わりに、ウェイトをつけたと。
PD:そのとおり。例えばだけど、4方向でマイナス40秒、マイナス40秒、マイナス30秒、マイナス20秒だったとする。進ませるにはテンプの外周のウェイトを重くすればいいわけ。例えばだよ。(図を描きながら)それでどんどんGainする。それでウェイトをつけたわけさ。振れ角を付けるにはヒゲの巻き出し位置が一番重要なんだ。だからそれにあう形でウェイトを付けている。
N:マスロットの許容範囲は100秒って聞きましたけど?
PD:あー普通は許容範囲5秒ぐらいなんだ。理論上は100秒だよ。
N:100秒?本当に?
PD:理論上はね。実際は1、2秒だね。
N:歯車がいまだにサイクロイドじゃないですか。僕は大好きなんですけど。ETAみたくインボリュートじゃない。サイクロイドの利点ってなんなんでしょう?
PD:あははまず美しいだろ?(笑)サイクロイドだと、歯車の遊びが1回転で10ミクロンだね。ETAプロセッシングの歯車、インボリュートだと1回転で20ミクロンから25ミクロン。歯車に遊びがあるとテンプへのトルクの伝達がコンスタントじゃなくなるんだ。「サイクロイドはとても高い、インボリュートでも使えるからいい」って言う人もいるけどさ(笑)それにETAの歯車は見た目はきれいだけど、部分的に仕上げが荒いね。平面がフラットでもエッジが飛び出たりする。それじゃスムーズじゃなくなるよ。僕がサイクロイドを選んで、それを木で磨いてるのはそういうことだよ。ヒコミズノ、知ってる?
N:ええ。
PD:そこに行ってきて、映写機で僕のシンプリを写したわけ。「触れが安定してるなあ」って感心されたよ(笑)トルクをコンスタントに伝達することが重要なわけさ。
N:シンプリってブリッジをまとめてあるじゃないですか。(絵を描きながら)セパレートブリッジじゃない。これは耐久性を考えて?
PD:丸穴車の部分までひとつのブリッジでカバーしてあるから頑強だね。でも美しさが大きな理由かな。僕は大きなブリッジが好きだよ。
N:丸穴車までカバーしてるとやっぱり違う?
PD:サう。違うね。
N:あと、シンプリのエナメルダイアルって、ペイントじゃないですか。なんで焼きを使わなかったんですか?
PD:Real Enamelじゃないってことか。んー。まず焼くと分厚くなるだろう?ダイアルを(ギロッシェ)と共用できなくなる。厚さが違うから、文字盤を機械につけてケースに入れて、ベゼルを押し込むと防水性が確保できないんだ。それにエナメルは本当に割れやすいからね。べセルで押し込むとエッジが傷む。ル・ロックルのエナメル業者知ってる?
N:ダンゼ、ダンツェでしたっけ?
PD:そうそう。ダンツェ。いまはダンツェも作ってないんだよ(笑)
N:本当に?
PD:でエナメルの質は昔に比べてぜんぜん下がったね。良くないよ。そういう理由でリアルエナメルじゃない。
N:シンプリいい時計ですよねえ。金があったらマジで買いたいです。
PD:(シンプリを見ながら)みんな好きだよね(笑)僕も大好きだよ。確かにグランソネリはいいけど、高くて僕も買えないよ!(笑)シンプリシティーならまだ買える。
N:正直なところ、普通の時計師でも修理できるんですか?
PD:できるよ。普通の時計師でもできる。ただし注意深くやらないとね。注意深く、だよ。
N:僕も本当に注文したいけど金がない(笑)余裕ができるまで、願わくば作り続けてください。
PD:(笑)
N:最後に。ジュウ渓谷の伝統って何なんでしょう?
PD:複雑時計だね。仕上げじゃないよ。(リピーターの絵を描きながら)こういうブリッジの分割した時計を作ってたんだけど、イギリスのベンソンやランゲ向けには3/4プレートのブリッジを載せた。これらはみんなジュウ渓谷の機械だよ(笑)伝統は仕上げじゃない。今って、スイスの技術が失われようとしてるよね。それぞれテクノロジーがあって時計は作れるんだけど、スイスの伝統のおかげじゃない。ジャパニーズテクノロジーのおかげだよ(笑)今年、バーゼルの前にスイスの時計雑誌の取材を受けたんだ。「伝統の危機」みたいな内容だったけど。みんなにインタビューして載せてたね。そこで私は言ったんだけど、時計学校でも肝心なことは教えない。それぞれテクノロジーがあって、時計師は4年かけて時計学校を卒業しても、結局時計を組み立てるしかできないわけ。私もそうだったからさ。だから私はスイスの技術を継承して伝えて行きたいわけ。シンプリシティーに何も足してない、Nothing Inventionなのはそういうことだよ。
N:ありがとうございました。最後にお土産です。
PD:ありがとう。
N:中身見てみてください。
PD:おおいいパッケージだね。。
N:懐中時計用の組み紐です。正絹で、17世紀と同じやり方で作ってます。「伝統の継承」ってまさにあなたにふさわしいでしょう?(笑)
PD:確かに(笑)ありがとう。アトリエがあるから、スイスに来た時は遊びに来なよ。
追記:後日師に質問を送った。
Q1: シンプリシティーは穴石が大きくて赤いが、それはジュウ渓谷の伝統に従ってなのか? A1: そうジュウ渓谷の伝統。赤い石が好みだ。 Q2:今はニヴァロックスも青染めのヒゲを生産していないが、シンプリシティーは使っている。自前で染めているのか? A2:ラッキーにもストックを手にすることができた。 Q3:プロトタイプと比較して、生産型は歯車の形を変えてあるがなぜなのか? A3:同じ機械で作っている。しかし生産型の切り方のほうが硬くて頑強だ。
この人はすごいわ、マジで。シンプリはマジでいい時計です。購入希望者がいたら呼んでください。良さをレクチャー申し上げます(笑)マジでこれはいい時計よ。師は「機械で選ぶなら昔の懐中買えよ」と言っちゃう人だけども、そういう人が作る時計だから、完成度がものすごい。磨きがどうとかどうでもよくて、トータルで目指した高みが途方もない。長持ちする時計を作る、という思想で最初から最後まで貫かれてる時計は、現行品ではそうそうないと思う。僕は一生買えないし、彼にも「高い」ってはっきり言ったけど、買える人にはマジでお勧め。見るだけでも、目が肥えます。
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